大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大分地方裁判所 平成8年(ワ)627号 判決

呼称

原告

氏名又は名称

株式会社九州雇用促進事業会

住所又は居所

熊本県熊本市紺屋今町一四番地

代理人弁護士

安武敬輔

呼称

被告

氏名又は名称

株式会社雇用開発センター

住所又は居所

大分県大分市中央町一丁目一番三号朝日生命大分ビル

代理人弁護士

西田收

復代理人弁護士

須賀陽二

"

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費川は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、その発行する求人情報誌に「求人大分」及び「求人宮都」の標章を付してはならない。

第二  事案の概要

本件は、商標権者である原告から、被告に対し、自己の商標権が侵害されたとして、侵害の停止(使用の差止)を求めた事案である。

一  争いのない事実(証拠上明らかな事実を含む。)

1(一)  原告は、昭和五六年七月に本店を熊本市に置いて設立された求人情報誌の出版等を目的とする株式会社(資本金一億円)である。

(二)  原告は、昭和六二年一〇月鹿児島市に、昭和六三年四月長崎市に、平成元年七月宮崎市に、平成二年九月佐賀市及び福岡県久留米市に、平成三年三月福岡市に、同年一一月大分市に、平成四年三月北九州市に、それぞれ営業所を開設している。

2(一)  被告は、平成二年九月に本店を大分市に置いて設立された求人情報誌の出版等を目的とする株式会社(資本金二〇〇〇万円)である。

(二)被告は、被告代表者野中敏也が昭和六三年ころから「サクセス情報出版」の名前で営んでいた個人事業の法人化したものである。

3  原告は、次の商標権の権利者である。

(一) 登録番号 第二六二七四二一号

出願の日 平成三年九月二一日

出願番号 〇三―〇九八〇九二

登録の日 平成六年二月二八日

指定商品 第二六類(雑誌、新聞)

登録商標 「求人大分」の漢字を横書きにして成るもの(以下「本件商標(一)」という。)

(二) 登録番号 第二六二七四二四号

出願の日 平成三年九月二一日

出願番号 〇三―〇九八〇九五

登録の日 平成六年二月二八日

指定商品 第二六類(雑誌、新聞)

登録商標 「求人宮崎」の漢字を横書きにして成るもの(以下「本件商標(二)」という。)

4  野中敏也は、昭和六三年七月から、大分県において、「求人大分」という標章(以下「本件標章(一)」という。)を付した求人情報誌(以下「週刊求人大分」という。)を発行しており、被告設立後は、被告が同誌の発行を承継している。

5  被告は、平成八年一一月から、宮崎県において、別紙標章目録記載の標章(以下「本件標章(二)」という。)を付した求人情報誌(以下「週刊求人宮都」という。)を発行している。

6(一)  原告は、平成元年一〇月から宮崎県において、平成三年一二月から大分県において、それぞれ「求人案内」という標章を付した求人情報誌(以下「週刊求人案内」という。宮崎県では「宮崎版」、大分県では「大分版」)を発行している。

(二)  また、原告は、昭和五六年七月週刊求人案内(熊本版)、昭和六二年一〇月週刊求人案内(鹿児島版)を、平成二年一〇月週刊求人案内(佐賀・久留米版)を、平成三年三月週刊求人案内(福岡・佐賀版)を、平成四年七月週刊求人案内(北九州版)を、それぞれ創刊した。

(三)  なお、原告は、本件商標(一)又は(二)を付した求人情報誌等の雑誌、新聞等を、その商標登録・出願の前後を通じ、発行したことはない。

二  争点

1  被告が本件標章(一)につき商標法三二条一項に基づく先使用権を有するか否か、特に、1 本件標章(一)の周知性、2 被告の不正競争の目的の有無

2  本件標章(二)と本件商標(二)の類似性

三  争点に関する当事者の主張

1  原告

(一) 争点1について

(1) 平成三年ころまでは、本件標章(一)は大分、別府という一部地域の人にしか知られておらず、広く需要者の間に認識されているとはいえず、周知性がない。

(2) 被告には不正競争の目的がある。

(二) 争点2について

本件標章(二)と本件商標(二)とは、全体的に観察すれば、一般購読者に同一なものと見える。

2  被告

(一) 争点1について

(1) 昭和六三年当時、原告は、大分県で求人情報誌を発行しておらず、被告が不正競争の目的を有することはなかった。

(2) 原告が商標登録出願をした平成三年九月当時、被告の発行する求人情報誌の本件標章(一)は、地元屈指の求人情報誌として周知の標章となっていた。

(二) 争点2について

(1) 本件標章(二)の称呼は「キュウジン・キュウト」であり、本件商標(二)の称呼「キュウジン・ミヤザキ」とは大きく異なる。

(2) 本件標章(二)と本件商標(二)とは字体が大きく異なる上、本件標章(二)には「宮都」の文字に重ねて「キュート」のロゴが付いており、外観が異なる。

第三  当裁判所の判断

一  争点1について

1  本件標章(一)の周知性

(一) 証拠(証人三島善照、被告代表者、乙一の一から二の一〇まで、七の一の一から七の六の二まで)及び弁論の全趣旨によれば、1 週刊求人大分の発行部数は、昭和六三年七月二九日の創刊時に約三五〇〇部、その後平成二年七月ころまで約三〇〇〇部、その後平成三年九月ころまで約五〇〇〇部であったこと、2 平成三年九月当時、大分県下で発行されていた求人情報誌(雑誌)は、週刊求人大分と関西廣済堂の発行する「QJ(大分版)」誌の二誌であり、両誌がシェアをほぼ二分していたこと、3 「QJ(大分版)」誌は、平成五年ころ休刊となり、現在、大分県下では、求人情報誌として、週刊求人案内(大分版)約八〇〇〇部、週刊求人大分約六〇〇〇部のほか、「求人情報」誌の合計三誌が発行されており、このうち週刊求人大分がシェアの三、四割を占めていることなどの事実を認めることができる。

(二) 右認定事実に照らせば、週刊求人大分は、大分県の求人情報誌として、平成三年九月当時、過去三年間にわたり毎週刊行を継続し、発行部数も順調に伸ばし、競業する求人情報誌とシェアをほぼ二分しており、大分県の求人情報の需要者の間に広く認識されていたものと認めることができる。したがって、本件標章(一)も、被告の商品を表示するものとして、需要者の間に広く認識されていたものと認められる。

ところで、原告は、周知性を認めるためには、「狭くとも一県単位にとどまらず、その隣接数県の相当範囲の地域にわたって、少なくとも同種商品取扱業者の半ばに達する程度の層に認識されていることを要する」旨主張しているけれども、求人情報誌は、通勤可能な地域の求人情報を掲載し、その地域内及び周辺でのみ販売されることが予定されるものであって、他県からの通勤が広く行われる大都市圏等を除いては、数県にまたがって広く販売されることは予定されていないものであること、現に、原告の発行する週刊求人案内も、ほぼ各県ごとに各県版が発行されていることなどに照らすと、本件標章(一)の周知性を判断するに当たっては、その通常の需要者である大分県内の求人情報の需要者に広く認識されているか否かを検討することで足りるというべきである。

したがって、本件標章(一)は、右に見たとおり、平成三年九月の本件商標(一)の商標登録出願の際、被告の商品を表示するものとして、大分県の求人情報の需要者の間に広く認識されていたものと認められるから、隣接数県にわたって認識されていなくても、商標法三二条一項の周知性を肯定することができる。

2  被告の不正競争の目的

前記第二の一6のとおり、原告は、本件商標(一)を付した求人情報誌等の雑誌、新聞等を発行したことはなく、現実には、平成三年一二月以来、大分県において、週刊求人案内(大分版)を発行してきたこと、前記1(一)のとおり、原告の発行する週刊求人案内(大分版)と被告の発行する週刊求人大分は、現在、大分県における二大求人情報誌として、シェアを争っている関係にあることなどの事実に照らすと、これら求人情報誌の需要者は、本件標章(一)が被告の商品を表示するものであって原告の商品を表示するものでないことを十分に認識しているものと推認されるので、被告が本件標章(一)を自己の発行する求人情報誌に付することで、原告の本件商標(一)を付された商品と誤認混同させ、本件商標(一)の商標権者である原告の信用を利用して不当に利益を得ようとする目的を有しているものと認めることはできない(なお、原告は、平成九年八月一九日付け準備書面において「原告は、被告の週刊求人大分があるため、被告と間違われるので、各地の地名をとった求人情報誌を出せないでいる」旨主張しており、本件標章(一)が原告の商品を示すものと誤認される恐れのないことを認めている。)。

3  したがって、被告には、本件標章(一)について、先使用権が認められるので、原告の本件標章(一)の使用の差止を求める部分は理由がない。

二  争点2について

1  証拠(乙六)及び弁論の全趣旨によれば、週刊求人案内(宮崎版)、週刊求人宮都等の求人情報誌は、宮崎県下の書店、JR売店、コンビニ、スーパー、たばこ店等において店頭販売されているものと認められる。そうすると、これら求人情報誌は、宮崎県において就職を希望する者ら(そのほとんどが宮崎県に居住する者と考えられる。)が、これら店頭で商品を見て買い求めることによって取引されているものと推認することができる。

したがって、本件標章(二)と本件商標(二)の類似性の有無を判断するに当たっては、右取引状況に基づいて、本件標章(二)を求人情報誌に付することが、本件商標(二)の商標権者の商品と誤認混同を生じさせる恐れがあるか否かという見地から検討すべきである。

2  そこで、本件標章(二)と本件商標(二)の類否を検討するに、1 外観において、本件商標(二)は、「求人宮崎」という漢字を横書きにして成るものであるのに対し、本件標章(二)は、「求人宮都」という漢字を横書きにし、「宮都」の部分に「キュート」というカタカナのロゴを重ねたものからなるものであること、2 観念において、本件商標(二)は、地名としての宮崎を想起させるに止まるのに対し、本件標章(二)は、地名として宮崎と都城を想起させ、さらに英語のキュートという言葉を想起させること、3 称呼において、本件商標(二)は、「キュウジン・ミヤザキ」であるのに対し、本件標章(二)は、「キュウジン・キュウト」であることなどが認められる。

そして、前記取引状況、とりわけ、週刊求人宮都等の求人情報誌が、宮崎県において宮崎県に居住する者らが店頭で買い求めることによって販売されるものであることに基づくと、本件標章(二)は、その外観、観念、称呼のいずれに照らしても、本件商標(二)の商標権者の商品と誤認混同を生じさせる恐れはないものと認められる。

3  したがって、本件標章(二)と本件商標(二)とは類似しないから、原告の本件標章(二)の使用の差止を求める部分は理由がない。

三  よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成九年八月一九日)

(裁判官 松並重雄)

(別紙) 標章目録

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例